働く者のメンタルヘルス相談室

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怒り
ただ逃げているだけじゃないか
あいつの声が聞こえる
ほっとけ
あいつの声が聞こえる
辞めろ
あいつの声が聞こえる
給料分稼げ
あいつの声が聞こえる
努力したんか
あいつの声が聞こえる
現実に目を向けろ
あいつは、確かに顔は笑いながら、足をけりつけて、
私に対する怒りをぶつけていた。
私は他人を憎んでいない。いや、憎んでいる。
私は自分を憎んでいない。いや、憎んでいる

私は何度でも叫ぼう。私を含めてあなた方に反発したい
のは、あなた達は他人に自己責任を叫んで、自分の自
己責任を回避しているのである。
責任と言うことがを特に理解もせずに、曖昧なまま責
任と叫んでいるのである。(39頁)

   「私は不安と葛藤に慄いていた。自分が生きるべきかしぬべきか。私は頼り
 になるものを探していた。自分自身の力で立ち上がることのできない弱い存在であることを悔やみながら」
   「言葉を無くした私は、確かに生きるために生きたのであるが、言葉を戻した     私は、死を欲する。」
    「自殺未遂を為し、現在うつ病で療養中の私が思うに、うつ病からの回復
 とは不安をなくし通常の社会生活を送ることであるとすれば、社会生活を送るこ
 と自体が不安であるという矛盾に苦しむ私は、果たして自殺する権利というのを
 与えていただくことはできないのですか」

   「何か、自分が恐ろしいモンスターを抱えていて、それが自分に向かってい
 る間はいいが他人に向かうようになる前に、何とかしなければいけないのではな     いかという気もするのである。」

    「私は、いま、タバコと薬、すなわち睡眠薬に依存しており、また家族に
 依存しており、彼女に依存しながら生きている。しかし、自分が囚われているの
 は全く自分の過去に関してのみであり、何一つ生産的な活動をしていない。」

    「私は、自分が怖い。つまり、生きていることが誰の助けにもなっておら
 ず、ただ迷惑を掛けるだけの存在になってしまっている。人の恩を仇で返してい
 る。そういう存在になってしまった。」

    『 「君がいなかったら僕は死んでいた」「じゃあ、私が居たら生きるの」
 私の目から涙がこぼれた。彼女はそれを見て泣き出し、私の頭をグーで叩いた。』
 (42頁)

ここに紹介させて頂いています飛佑馬三の言葉は全て三田文学所収の「アパシー」からで頁は三田文学の頁です。

自身が自殺未遂も経験した、激しい躁鬱病の患者であり、精神科の大学教授でもあるケイ・ジャミソンはその著「早すぎる夜の訪れ 自殺の研究」で次のように指摘している。
「平均以上に知的で学歴も高く、抽象的な思考にすぐれ、自分の病気の本質を見抜く力を備えた分裂病患者は、そうでない患者よりも自殺を図る傾向が高いし、若い時に社会的にも学問的にもすぐれた業績をあげ、その後分裂病や躁鬱病などの病気に見舞われた人は、自分の心が崩壊するのではないか、慢性的な患者になるのではないかという不安に特に弱いようだ。そうした人を含め多くの患者には、夢がついえ、友人や家族、そして自分自身に拭いがたいダメージを与えてしまったという喪失感がある。」